柚子湯

猫をこよなく愛する共働き夫婦の日常

one hour one lifeにハマる

app storeのランキングに気になるビジュアルのゲームがあった。

one hour one life である。

 

見た目はゆるい手書き風の絵。

しかしゲームはハードである。

 

生まれ落ちるのは文明のまだ発達していない荒野。

運が良ければ畑やかまどがある。

 

生まれてから3歳までは声を発することも1文字しかできず、お腹が空いても何かをとって食べることもできない。

全ては母が育ててくれえるかどうかにかかっている。

 

運よく大きくなると、食べ物を集めたり、道具を作ったりできるようになる。

村の発展に寄与して、大きくなったら子供を生み、世代をつないでいくのが、ゲームの目的である。

 

一生は長生きしても60分、60歳までしかなく、多くの場合は飢餓や蛇や狼など自然の力に押しつぶされであっという間に亡くなってしまう。

ひとりが一生でできることは、とても小さい。

 

このゲームが面白いところは

ひとつは物が溢れ、作らなくても手に入る現代に、何もない自然の中で命をかけて一から生活を築いていくことが楽しいんだと思う。

特に、材料を集めて、道具を作り、順序を覚えて火を起こせたときの感動は、人類の歴史を擬似的に再体験しているようである。

 

ふたつめに、やりこみ要素がある。

現在は、ゲーム内の文明は発達しておらず、せいぜい農耕程度であるが、ゆくゆくは現代までを想定しているらしい。

どんなふうに展開していくか楽しみだ。

 

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ものを作るにしても、作り方の説明をプレイ中に読んでいると、お腹が空いて死んでしまう。

プレイ内で他のプレーヤーの動きをみたり、プレイ外で勉強して、植物の形状や組み合わせ方を覚えると、行動が顕著に変わってくる。

今まで背景にしか見えなかったものや、違いが分からなかった素材類が、見えるようになる。

 

糸を紡ぎ、火おこし器を作り、罠を作ってうさぎをかり、皮をはいで串にさして、焚き火で炙って食べ、残った骨から糸と針を作って、水ポーチを作るということもできる。

これはほんの序盤の行動である。

 

3つめの面白いところは、他のプレーヤーと交流するゲームだということだ。

これはネットワークゲームで、育てて名前をつけてくれた母も、兄弟も、自分の子どもたちも皆それぞれにプレーヤーがいて、

挨拶をしたり、情報を伝え合ったり、時には文句をいったりしながら一緒に暮らしていく。

 

いろんな人生があった。

男性に生まれて、早くにひとりぼっちになり、まだなんの技も覚えていなかったので、ひたすら尖った石を持って放浪しつづけ、ゴボウや人参を食べ続けて寿命を迎えるという一生だった。

無駄といえば無駄だが、どんな地形にどんなものがあるかの把握できるようなった。

 

次の人生はイヴと言われる、一世代目の女性として生まれた。

全く文明のない自然の中に14歳の少女として降り立ち、すぐに子どもが2人立て続けに生まれた。

育てないという選択肢もあるのかもしれないが、とにかく近くの木の実を食べ、前世で覚えた野菜堀をしつつ、温かい場所に子どもを置いてなんとか育てた。

 

すると、この長男次男が非常に利発で、拠点がないならこっちに作ろう!と先導しはじめた。

親が立てた拠点のマーカーは子どもも見えると初めて知った。

というかこの時にマーカーを初めて立てた。

すぐにまた下の子が生まれててんてこ舞いになっていると、

「お母さんはここにいて!」

「鰻焼いて持ってきたから食べて!」(鰻ってあるの?私何食べたんだろ。)

 

いやー。優しい息子に大切にされる親の幸せな気持ちがわかりましたよ。

みるみる道具を作っていって、ほんとうに頼もしかった。

 

ある時は兎狩りにハマっていて、子育ても終わったのでせっせと狩っては焼いて拠点に置いていたら、悪ガキどもが「あのババーすげえ」とコメント。

串に刺してやいちゃうぞ!(鬼婆)

 

いろんな人生があって、基本は次世代につないでいくことなんだけど、人が増えすぎて、それぞれがうまく働かないと破綻する。

そしてだいたいは絶滅する。

 

畑を作るまでがけっこう段取りがあるし、畑をキープするのも手間がかかる。

どうすれば発展しつづけられるのか、まだ情報も少なく、手探り状態です。

あと、英語圏の人とプレイすることもあるのでこれも面白い。

あなたはジョージです、とか言われて新鮮。

外国の人はよく話す人が多い。

 

プレイ動画を見たりして、勉強中。

知識をつけてもっと色々やってみたい。

 

おすすめのプレイ動画はひよどりGames さん

 

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他にもたくさんアップロードされてます!

ひよどりGames さん プレイリスト

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GW金沢一人旅1 旅行計画はガチガチに!

GWに金沢へ女ひとり旅に行った。

 

 

なんでひとりかというと。

夫か私のどちらかが猫のインスリン注射をしないといけないのですよ。

困ったもんでござる。猫も連れていけるといいんだけどね。

 

さてさて、金沢は学生時代にグループでいって兼六園と21世紀美術館を見たくらいの記憶でありまして。

金沢の街がどのような地理なっているかもまったく分からないし、他にどんなスポットがあるかも知らないという状態でした。

ところが最近の私は旅にでるとなればガチガチに調べて、臨機応変に動くというスタイルにしているのです。

今回もそれは熱心に調べました。

もう、調べるのが本番なんじゃないかというくらいに。

 

旅行先を調べて行くのは、ガイドブックを確かめに行くようなものだ、興をそがれる、という意見もあると思う。

たしかに、事前に写真を見すぎると、すでに見た景色になってしまうし、旅先の偶然の出会いを大切にしたい。

 

でも私の経験上、

・みんながいいと思う場所は、行く価値がある

・写真で見ていいところは、実際に行くとやっぱり良い

・計画していても偶然の出会いはある

・事前に調べることで、土地のことや文化のことを知ることができ、より旅行が楽しいものとなる

ということが分かった。

 

旅慣れた人や、ゆったり旅程が組める人は、ガイドブックや口コミにとらわれず、自分だけの旅の楽しみを見つけるのもいいだろう。

 

一方かつて私の旅行といえば、人任せだったり、一人旅も思いつきで無駄が多く、せっかく行ったのに何してたんだか‥という感じで、スマホがない時代というのもあったかもしれないが、典型的な情弱の旅であった。

そういうわけで、ここ数年は事前によくよく調べ、計画を立てていくようにしている。

 

行き先の決定は、身近な人のおすすめが多い。

今回は女ひとりで行って、歴史・文化的なものが見られる場所ってどこかねーという話から金沢になった。

 

ざっくりと地域が決まったら、人気の行き先を調べる。

使うのは

トリップアドバイザー: 口コミを参考に、料金を比較して予約

ガイドブック(ことりっぷ、タビハナなど)

が中心である。

 

特に私はトリップアドバイザーの口コミを重視していて、満足度の高い観光名所から順番にチェックして、自分も興味がある場所を書き出していく。

 

 

行きたいスポットが決まったら、

ガイドブックやグーグルマップで位置を確認して、日程のうち、いつどの順でいけそうかを検討する。

 

ここであまりキチキチに予定をいれないのがポイント。

時間に追われてたら団体ツアーみたいになってしまう。

せいぜい午前1箇所、午後2箇所くらいである。

絶対行く場所と、余裕があれば、もしくは気が変われば‥という感じに分けてメモしておく。

 

また、夫婦でいく場合は夫の好みを考慮して、自然に触れるような活動を入れたり、美味しい店を調べておく。

最近、美味しいものを食べた記憶ってけっこう大切だなと思って食事も重視している。

これだけ生きてきて、今頃気がついたのかって感じだけれど。

 

行き先が決まると、ホテルをどのあたりにとれば便利かも見えてくる。

駅前などに取りがちだが、中心地が駅から離れているということはよくあり、駅前ホテルは早朝・深夜の着や出発じゃなければあまりメリットがないように思う。

 

ホテルでのステイを楽しむリゾートとか特別な温泉旅館でなければ、街に出やすい繁華街のホテルをとる。

ホテルは楽天ユーザーの私はだいたい楽天トラベルで予約する。

これも口コミや設備などを検討する。

私が重視するのは評判の良さとwifiの有無で、夫は綺麗さと朝食が美味しいところを好む。

私ひとりの場合は、朝はそもそもほとんど食べないので、考慮しない。

とはいっても、ゴールデンウィークの金沢のホテルなんて選びようもなく、今回はなかなかボロいホテルになってしまった。

 

このような情報をエバーノートに整理していって、

乗り物の時間、行き先の順番や場所、連絡先などを記録しておく。

最終的には旅程表にして、夫と行く場合は共有する。

 

最近は、インスタで写真から素敵なカフェを調べてみたり、グーグルマップで検索して、評判を見たりも便利になってきた。

 

そのようにして決定した、金沢2泊3日の旅である。

どんなことがあったかは、次回のお話。

猫がおもらし!

糖尿病の猫がインスリンの投与で安定してもう2年になる。

最近はインスリンの量も減ってきて、それどころか尿糖も出ない状態が続いていた。

 

さて、8月の初めのある夜、布団の上でのんびりしていた私の上に猫が乗ってきた。

乗ってくるのはいつものことだが、なんだか様子がいつもと違う。

いつもは顔をこちらに向けるのに、おしりを向けている。

いつもは指をしゃぶりながら少しゴロゴロいうのに、しゃぶらずに、いつもより大きくゴロゴロいっている。

ゴロゴロって、機嫌のいいときにいうけど、具合が悪いときもいうんだよな‥とちょっと嫌な予感がする。

するとたまに口をクチャクチャしていて、ああ、これはなんか気分が悪いんだなと気づいた。

 

1時間くらいしただろうか。ウロウロしていた猫が、布団に寝ていた私に上半身を預けるように伏せたと思ったら、猫が密着しているところがすごく熱くなった。

???

何が起こっているのか分からなくて、飛び起きると、なんと私の上でおもらしをしていた。

 

うちの猫はいろいろ性格に難があるが、トイレの失敗がないのだけが自慢だった。

子猫のときにトイレを覚えてから、粗相は一度もないし、糖尿病の治療でフラフラになっていたときも、千鳥足になりながらもトイレに向かっていたくらいだ。

 

それなのに、こんなところで?!これは、完全に異常事態である。

慌てていたら、なんと布団から降りて、床にウンチもし始めた。

これはもう、非常事態宣言である。

 

気持ち悪がっていたし、変なところでオシッコとウンチをしたのだから、お腹に異常があるに違いない、なにか誤食をしたのかも‥

猫は横になって、早い息をしている。

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しかし、もう時間は23時すぎ。

動物病院に電話をしたが、つながるはずもなく。

夜間も診療している県内の遠方の病院に電話をした。

 

状況を説明したところ、

「普通に便が出ていて、嘔吐を繰り返したりもしていないので、お腹になにか詰まっているというのは考えにくい。

ただ、電話だけでは原因まではわからない。」

開口呼吸をしていないか、舌が紫になっていないかを確認され、緊急度でいえば朝までまってかかりつけの病院に行ってもいいのではという見立てだった。

もちろん、連れてこれるなら診ることはできるけど‥というかんじ。

実のところ、夜中に猫を連れてその遠方の病院に行くのことは、車のない我が家にはかなり難しい。

まだ電話はつながるということだったので、いったん様子見をすることにした。

 

しばらく見ていると、少し音に敏感になって、頭を上にフラフラさせているような動きや、目をシパシパさせる様子が見られ、あれ、これはもしや低血糖なのでは??と気づいた。

youtu.be

 

2年前にケトアシドーシスの治療中に低血糖発作を起こしたときは痙攣していたので、シロップを歯茎に塗ったが、

意識があって食べれるならフードを食べたほうがいい、と前に聞いたことがあった。

でも気持ち悪がっていたし、どうかな思いつつ餌を口に近づけると、すごい勢いで食べた。

あ、やっぱり低血糖なんだ!とわかった。

それならばと、吐かないように様子をみながらせっせとえさを与えた。

 

いつもは手からあげても遠慮がちに食べる猫が、指まで噛むように食べるので、いつもは気を使ってくれてるんだなと思った。

 

食べて少しすると、立てるようになり、若干ふらつきながらも餌入れのところに歩いていって、自分でご飯を食べた。

呼吸も落ち着いてきた。

その後、朝まで特に具合が悪くなることもなく、朝は念の為インスリンの単位を減らして、病院で血液検査をしてもらった。

 

ところが。血液検査の結果、フルクトサミン(過去2〜3週間の血糖値の平均)は前回よりも高く、高血糖だった。

昨晩の症状は低血糖だと思うが、インスリンは減らすのは見送りに。

膵臓などの働きでインスリンが効きにくかったり、ムラがあるのかもしれない。

 

この発作が起きてから2,3週間たつが、今の所同じような症状はおこっていない。

でもいつ起こるのか分からず、特に留守中にご飯を吐いてしまうとその危険が高まるので心配だ。

 

夜中に遠方の病院に電話した時は、私が動揺していたせいで、糖尿病の治療中でインスリンを打っていることを説明していなかった。

この夜は夫くんが出張に出ていて、ひとりだったことも動揺の一因だった。

 

具合が悪くても言葉で症状を伝えられない猫が、必死で助けをもとめてきた結果がおもらしだったのだろう。

なかなか気づいてあげられなくて申し訳なかった。

 

そして、おしっこで濡れた布団‥

翌日風呂で洗ってみたんだけど。

布団は洗うもんじゃない。重くて死にかけた。

そして干したけど、型崩れして結局復活せずでした。

 

まあ、猫が元気ならいっか。

 

 

アイロンがけ放棄

洗濯機で洗濯をして乾燥機で乾燥し、ブラーバで床を掃除し、食洗機で皿を洗う生活。

そんな中、私が唯一やっている手作業の家事は「アイロンがけ」である。

 

他の家事に比べて、わりと好きな方だし、やっている間はユーチューブとかで動画を聞き流していて、まあまあ楽しいかも?なーんて思いながらやっていた。

 

洗濯物は全部洗濯機で洗い、独立型の乾燥機にかけているので、雨とか仕事の日とか関係なく洗濯ができる。

タイマーをかけておいて、朝仕事に行く前に乾燥機に入れていくか、帰ってから洗濯して夜の間に乾燥させておくかの2パターン。

洗濯物の片付けは平日なら夜ご飯のあと。

 

その中にアイロンがけが必要なシャツがあると、アイロンをするまで仮に積んでおく。平日にアイロン台を出して、かける気にはならない。

 

で、休みのたびに、アイロンをかける時間が1時間くらいあるんだけど、けっこう疲れるし、山が大きくなるたびにげんなり。

せっかくアイロンしても、毎日シャツは消費されるわけで、もうシワでもよくない?みたいな。

 

もうそんな生活を何年も続けてきたけど、あー、もうやめよう。と思い立った。

他の家事はお金をかけても手間をかけないのがモットーなのに、なんでアイロンだけやってたんだろう。

なんか、オットのシャツにアイロンをかける奥様な私気分があったのか…な?

 

なんでクリーニングにださなかったか、その理由のひとつは、うちの近くのクリーニング屋さんの営業時間が微妙で、私が仕事に行く時間にはまだ空いてないし、帰ってくる時間には閉まっている。

休みの日にしか出したり受け取ったりができないから。

そして、シャツのクリーニング代が200円として、5枚かけたら1000円かーと思うと。節約かな?と思ったり。

 

でも、なんだかんだ一時間くらいかかるし、一時間を1000円で買えるなら、こんなアイロンの山をみるたびにどよーんとするなら、シャツを消費するオットくんが憎くなる前に、外注しよう!と思い立ったわけです。

 

それで、オットくんに「もうシャツはクリーニングに出すわ」と言ったら、「いよいよそのときがきたかー」と言っていた。

オットくんは私がアイロンをしてくれてるのが嬉しかったみたい?

 

というわけで、先週からシャツのアイロンがけから開放されて、休みの日のたびにウキウキとシャツを持っていったり受け取ったりをしているのです。

オットくんが行くときもあるから、なんだかんだ、今の所うまく回ってる。

 

しかし、シャツをクリーニングに出しても、他にもアイロンをかけるものはあるし、他の家電も一緒で、手間が減るだけでなくなりはしないんだよね。

食洗機に入らないものやちょっとしたものは洗うし、シンクやコンロを掃除したりはするし。

おしゃれ着は別洗したり、洗濯物の量が多い日は、2回洗濯機を回して、タオルだけ外干ししたり。

ブラーバなんて、大きいゴミは端っこによせてるだけだから、仕上げとか、絨毯敷いてる部屋とか、狭いところは全部普通に掃除するわけで。

完全に自動化とか、完全に何もしなくていいなんてことはなくて、別にそうなってほしいとも思ってない。

だけど、量はかなり減るのは事実で、その分時間が空くし、気持ちがとても楽になるのは事実。

 

なんとなく、家でもできるのにクリーニングに出すなんて…っていう思い込みとか、

なんとなく、オットくんがアイロンをかけてるといつも有難うとか、大変だねって言ってくれる言葉とか。

いろんなことに囚われて、本当に自分がどうしたいのかちゃんと考えずに過ごしてたんだなーと。

 

できあがったシャツは襟もパリッとしてきれいだったのでした。

 

 

 

 

アイロンはコードがあったほうがいいと思う。充電を待たなくていいから。うちはこれ。安定のPanasonic

見た目重視ならこれ(笑)

スチームがめっちゃ出るのはどうだろ。めんどくさい予感。

 

形状記憶といえども…アイロンはいるよね?

ほんで、結局高いやつは素材がいいよね

 

大物のクリーニングなら宅配も。使ったことない…。

 

 

 

 

 

猫が伸びる季節ですね。

糖尿病のうちの猫?

元気ですよ!

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朝、起きたら私と壁の間に伸びてた。

なんでB612で撮ってるかっていうと、純正カメラでカシャー、カシャーって撮ると、しっぽをパタパタさせてイラつかれるからです。

 

 

ニノ担が見たブラックペアン

いよいよブラックペアン最終回目前!

私ゆずたろは強めのニノ担です。

ブラックペアンも、もちろんかぶりつきで見ていました。

旅行先でも放送時間にはホテルに帰って見ていて、オットくんから電話かかってきても「今ブラックペアン見てるから」と言って切り、1時間後かかってきたら「20分拡大だから」と言って切り。

「なんで初回でも最終回でもないのに、拡大するの!」とオットくんはお怒りでしたが…。(そこじゃないだろ)

 

いやー、ブラックペアンは面白いですよね。

大人数でやたらと会議をしてみたり、いつも手術中ピンチになってドドーン!って渡海先生出てきて、さささーって解決していくこのカタルシス

見ている側の爽快感を掻き立ててくれる演出。

リアリティーないのかといえば、手術シーンはけっこうちゃんとした感じで。

ツイッターで病院関係者のコメントとか見るのもまた楽し。

 

ドラマの謎なシーンは、日本人はコメ!とかやたらとコメアピールをしてくること。

最初は渡海せんせーの出身地の仁多米だったっけ?出雲のお米がお母さんから送られてきたのはわかったけど、その後なんで色々な地方のコメを送ってくるの?米屋なの?

あと、2話くらいで、ゴンタ(高階せんせ)と渡海せんせーが食堂でビールを飲むシーン。このシーン何?提供のCMが始まったのかな?!なんでカメラの角度変わってもラベルがこっち向いてるのかな?!って。

ああいう、別にネタとも言えない別の思惑を感じるシーンがはいると萎えるよねえ。

渡海せんせーが卵かけご飯大好きって設定はいいんだけど。

 

本人提案のセリフやシーンも毎回あったのも話題でしたね。

一番わーって思ったのは、血の手形をばーん!ってつけたところかな?あれアドリブだったよね?

最近二宮さんは演技をするにあたって感じたこと、考えたことを提案しているみたいで、それが採用されて作品がより印象的になるのは、ファンとしても嬉しい限りです。

 

さてさて、ニノ担としてこれまで出演してきた数々のドラマを見てきたからこそ、演技派アイドルと言われる彼の演技の良さも、うーんと思うとこともあるわけです。

 

渡海先生はいわゆるダークヒーローで、けっこう嫌味を言う。しかし器用で影の努力家でなんでもできちゃうっていう、これまでニノが演じてきた役とは違うけど、かなり合ってたと思う。

 

今回は泣かないけど、一番魅力が出るのは泣いているときだと思ってます。泣かせたいって某監督にも言われてたけど、ほんとに。

いつも感心するけどあんなにすぐに、長くテンションを保ってよく泣けるよね。いや、あんなに泣ける感受性で普段よく生きていけるよね、という方が近いか。

弱くても勝てますで、生徒ひとりひとりに言葉を言うシーンのノーカット見ました?

30分くらいずーっと泣いてるよ。すごくない?水分なくなるよ。

 

 

普段の二宮さんって、自分の感情はあまり見せない飄々とした感じで。少なくとも、演技外で怒ったり、涙をみせるってほとんどないよね。

それって、たぶん怒りを感じないとか、悲しくならないわけじゃなくて、平穏でいたいんだと思う。

もともと人情味があって、ウェットな人だよね。

そのまんまでいるとどうなるか怖いから、自分で歯止めをきかせてるのが、通常なんではないかと。

でも演技の時は、それが求められるから緩めていって、えーい!って出しちゃう。

 

ラストレシピのメイキングで貴重なシーンを撮ってくれたけど、大事な人の遺影の前でわーって気持ちが盛り上がって、目が赤くなって、ウルウルとしてきて、溢れる前にカットがかかって、かかった瞬間の素のちょっとホッとしたような、恥ずかしいような表情でタオルで押さえてるのが…萌える。

 

 

あと、大事なシーンで瞬きしないのはわざとなのかな?多分集中している時の癖だと思うんだけど。

あれは地味にすごい。真似して目を開けてるとわかる。

医者としては命を背負って覚悟を決めて、最善を尽くしてやる。失敗はゆるされない。

それって、アイドルとしてこれまでやってきたことに通じるよね。

命は直接かかってないけど、関わっている人の多さ、大きさがただごとではなくて、それを背負って、本気でやっていく覚悟みたいな。

 

ニノの魅力は声もあって。

ナレーションでも歌でもそうだけど、なんか人の心にぐっとくる声の出し方をするんだよね。

郷愁をさそうというか。

ここぞ!って言う時に怒鳴る演技も最初はわっ!すごいって思うし、けっこう効果的にこれまで色々なシーンで使っている手法だけど、これは正直…飽きる。

ワンパターンに感じるんだよね。

でも最近病院の院長を追い詰めて、答えろよ!って迫るシーンはけっこうよかったなあー。

一発勝負じゃなくて、しつこかったからかな。

しずかにはじめて、一発どなるみたいなのはちょっと飽きた。

 

あとあと、手先が器用なところとか、用語とかをスラスラ言っちゃう記憶力の良さとか、手術中にはっぱをかけるリズム感というか感の良さなど、良いところがいっぱい。

 

こんだけにのみーを褒めましたが、ドラマで私が注目しているというか、感情移入しているのは関川先生です。

多分、ほんとに普通の医者なんですよ。普通だから、悪魔でも神でもないから、いつも手術室では助手の悪魔に指示され。

えらそうにされてムカついても、邪魔って言われても、大事なときには「はい」って素直に従ってる感じとかほんとにいい人だなーと思う。

 

あと、受け持ちの患者さんが急変して、自分には助けようがなくって、必死で悪魔を召喚しようとしているシーン。

自分は医者だから、患者さんからは当然、助けることを期待されているのに、自分はそれができないと分かってて、それでも医者としてそこにいるのって。

すごい辛いじゃん!でもやってるっていう。

ドラマではなんか便利使いされてますが、私はいつも関川先生がでると、今日も頑張ってるなーと注目しています。

 

というわけで、ブラックペアン最終回も楽しみだー。

 

 

 

 

 

母がしてくれたこと

今週のお題「おかあさん」

 

「そういえば」

久しぶりの帰省中、ふたりで喫茶店に入った時に、母がふと思い出した。

 

「このへんで、高校に行ってるはずの時間にあなたを見たんだよね。」

「ああ、そんなこともあったねえ」

 

コーヒーに気を取られているふりをして、あっさりと返事をしたが、話はつづいた。

 

「何回もあったの?どっか行ってたの。」

「いや、あの1回か2回くらいだよ。制服着てたらどこにも行く所ないから、自転車で走り回って、遅れていったくらい。」

これは本当。多分。

 

「なんで行かなかったの?学校が嫌だったの。」

もうとっくに大人だし、時効でしょ、言っちゃいなさいよ。という様子である。

 

「うーん、嫌というか、分刻みで行動することに違和感があったんだよね」

 

…朝礼、いるかどうか見れば分かるのに毎日繰り返される出席確認。

一日6時間の授業。場合によっては0限目と放課後の補習。

短い授業の休憩の間には、トイレやら次の時間の用意やら、移動教室やら、場合によっては授業の解答の板書を済ませておくように、なんていう数学の先生もいた。

同じ制服、同じ机。決まった区画にチャイムが鳴るまで座っていて動けない。

同じような髪型、同じように染まっていく価値観。

 

ある朝、またあの空間に縛り付けられにいくのかと思うと、面倒くさくなった。

自転車をいつもと違う方向に走らせると、街には買い物袋を提げたおばあちゃんがいて、母親に手をひかれて歩く子どもがいて、車を運転しているスーツ姿のおじさんがいて、自販機にジュースを補充するお兄さんがいて。

こんなにも色々な年代の人が、色々なペースで、日々の生活が行われているというのに。

学校ってやっぱり変なところだ。

変なルールで、それが当たり前のように行動している先生も、学生もみんな変だ。

 

そう、なんとなく感じていたことを思い出し、出てきたのは

「うーん、嫌というか、分刻みで行動することに違和感があったんだよね」

 だった。なんという言葉足らず。

 

母はふーん、といって、

「私が学生の頃はなにも考えずに学校に行ってたけど、感受性が豊かな人はそんな風に感じるのかもね。」

と言い、その話は終わった。

 

 

子どもの時は気づかなかったが、どうも、母は私のことを風変わりな、なんだかよくわからない子だと思っていたらしい。

 

将来の夢をきかれて、『まだ世の中にどんな将来があるのかわからないからなんとも言えないけど、無難だから花屋って言っておこう』という趣旨のことを思っていた5歳。

 

多数決で決まった結論を、司会役の生徒が「これでいいですか、いい人は手をあげてください」とさらに満場一致を求めようとするので「多数決で決まったんだから、あらためて聞く必要はない、決まりましたというべきだ。」と言って、こいつ何言ってるんだという顔をされた10歳。(先生は分かってくれたのが幸い)

 

なんというか、面倒くさい子どもである。

そんなエピソードが多々あったに違いない。

学校さぼり事件だって、人間関係で悩んでて、とか、勉強についていけなくて…という答えを期待していただろう。

「分刻みで行動することへの違和感」ってなんだよ。

 

中学生の時、ものすごくロールプレイングゲームにはまっていて、やり続けていたらテスト前になった。

テスト前はゲームはしないルールだったが、あまりにも熱心にゲームのことを考えている私の姿を見て、母はあきれたのを通り越して、

「そんなに夢中になれるものがあるのはいいことね」

といって、好きにさせることにしたらしい。

 

 

そういえば、勉強もしなさいと言われたこともない。

別にいいのよ、しなくて困るのは私じゃないから、と言っていた。

本当にしなくて数学の先生に呼び出されてちょっと困ったこともあったが、

結果として、大人になったいまも興味を持ったことや必要なことは勉強しているし、それは義務だから、させられているからではなくて、自分がしたいから、面白いからしている。

 

その時は、ラッキー!くらいにしか思ってなかったが、

いま思い返すと母の、

「私にはよく分からないけど、本人がそう判断したならまあいいか。幸運を祈って見守りましょう。」

というのは、娘をひとりの人間として尊重してくれた態度であり、本当にありがたかったなあと思う。

 

自分によくわからないことを、尊重するの難しい。

ましてや自分の子どもなら。

 

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母は私のオットくんに、「うちの長女はちょっと変わってるでしょう、ごめんなさいね。昔からそういうところがあって。引きこもりになったりしないか心配だったけど、ちゃんと遅刻もせずに働いてるみたいだし、いい人と結婚できて良かったわ」

ということを言っていたらしい。

オットよ…それってさあ、本人に言ったらいけないやつじゃないの??

 

結婚して母の胸中を知る。