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柚子湯

猫をこよなく愛する共働き夫婦の日常

入院

通院から数日、徐々に元気がなくなる。

検査のためのオシッコもとれない。
最後に好物の茹でササミを食べて以来、全く食べなくなった。
夜中と明け方に、黄土色の液を吐いた。


これはいよいよおかしいと、翌朝病院へ連れていった。

オシッコが出ていないというと、急遽連れていかれ、そのまま鎮静をかけて色々な検査をすることになった。

 

すぐに連れて帰るつもりだったので、手ぶらで帰りながら、知らない場所で具合も悪くて、どんなに怯えてるだろうと思うと、もっと早くに気づいていればと後悔ばかりだった。
身軽になった身体を持て余し、夕方のお迎えが待ち遠しい。
つい数日前までへそ天で呑気に寝てたのに、なんでこんなことになったのだろう。

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昼過ぎになり、さっそく検査の結果の電話がかかってきた。
糖尿病性ケトアシドーシス
入院。
先生は淡々と説明してくれた。
初めて聞く言葉についていくのが精一杯。

にゃにおは糖尿病だった。


猫が糖尿病になるなんて、初めて知った。

にゃにおは食が細く、体重に必要な量をあげても余ってしまう。
オヤツも全くあげていなかった。
たまーに、茹でササミをあげるくらいで。
それが身体にいいとおもっていた。
こんなことになるなら、もっとオヤツでも、たくさん食べさせてあげたらよかった。

 

夕方のお見舞いタイムに会えるらしい。
ジリジリと、夕方になるのを待ち、会いにいった。

にゃにおはカラーをつけられ、檻の中で目をらんらんとさせて、座ったまま唸りつづけていた。
こうなると、私のことなんて分からなくなってしまう。

手には点滴。

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連れて帰れないのは心配だが、病院で治療してるなら安心だろうか?
そう自分を納得させ、帰った。

 

にゃにおのいない家は初めてだ。
家のは中は何を見てもにゃにおの痕跡ばかりで、苦しい。
控えめに言って、死にたいという気分だった。
辛すぎて、悲しすぎて、別にほんとに死のうとは思わないけど、死にたいという、最悪な気分。

何もする気になれず、窓の外を眺めた。
往来には下校する小学生たち、いつもと変わらない平和な人々の営み。
でも、にゃにおはいない。
もう帰ってこないんだろうか。
悪い方にばかり想像が膨らむ。

 

にゃにおを抱きしめるたび、この幸せはいつまでもはつづかないから大事に、よく覚えておこうと思っていた。
でも、早すぎる。
まだ私にはにゃにおが必要だと改めて思った。
にゃにおの為なのか、自分のために生きていてほしいのか。
多分、私がにゃにおに甘えているんだ。

 

ケトアシドーシスは、危篤の状態だ。
入院して最善を尽くしても、約25パーセントは死に至る。

入院の同意書を書くときに、いざという時に延命処置をしてもいいかと尋ねられた。
苦しませずに自然に任せたい人もいるという。
でもにゃには、まだ若いしこれからだ。
何より、私が到底あきらめるなんてできない。
お願いしますと答え、サインをした。

 

入院中は、病院からいつ電話がかかってくるか、分からない。
それは、危篤の時なのか、残念ながら…なのか、夜でもかかってくるのか、結局きけなかった。
見舞いの受付で名前を言うたびに、また緊張した。
生きてるのか、無事なのか。


オットと見舞いに行く途中のバス停で、生きてるにゃにおに会えるなんて期待せずに行くと言ったら、オット初めてが涙ぐんだ。
走馬灯のように、にゃにおのイタズラが思い出されたそうだ。

 

結局、入院中に病院から電話がかかってくることはなかった。
しかし、にゃにおの入院中の様子は異常だった。常に鳴き叫び、何も食べず、寝ず、血液検査も出来ず、点滴だけで数日を過ごした。


にゃにおのケージにだけタオルがかけられ、それでも人の気配がするたびに、激しく威嚇した。
お見舞いはタオルの隙間からそっとした。
しまいには、となりの小さな猫の方が懐いて駆け寄ってくる始末だった。

 

何も食べないにゃにおのケージには、満漢全席のごとく、色々なごはんを置いてもらっていた。
いつものカリカリや、茹でササミの差し入れもした。
結局入院中は一切食べなかった。

 

私たちは何もできることがなく、何も手につかず、にゃにおのいない夜を紛らわすように、鶴を折って、ガラスの鉢に貯めていった。
鉢に小さな和紙でつくった鶴がいっぱいになる頃、にゃにおは退院することになった。

 

通常ならば入院中に何度も血液検査をして血糖値をはかり、インスリン量をきめてから退院する。
にゃにおは血糖値も測れず、興奮していて様子もわからず改善しているかどうかも分からない。
このまま入院していても食べないので早めに退院するという、消極的な選択だ。
正直、百戦錬磨の先生方にも手がつけられない猫、という感じだった。

退院前に鎮静で血糖値をはかり、幸いケトン値はかなり下がっていた。
こんなにも食べていない、危機的状態にもかかわらず、肝臓などの数値は悪くなかった。
家でとにかく食べて、インスリンを打つ治療になった。

 

やっと、連れて帰れる!
カゴの重さが嬉しくて、幸せいっぱいだった。
ずっと鳴き叫んでいたにゃにおも、帰りのタクシーでは静かだった。

 

家に着き、カゴから飛び出てきたにゃにおは、不安そうにしばらく歩き回った。
その歩みがあまりにもヨタヨタしていて、数日歩かないとこんなに弱るものかと思う。
手も点滴で腫れてしまっている。

 

しばらくすると落ち着いて、撫でさせてくれ、
やっと布団におさまり、足元で丸くなって、数日ぶりに、にゃにおは眠った。